2. 工学者でも芸術家でもない

田中:
そう.お互い,私にはできないっていうことで,リスペクトがないといけない.芸術家と工学者の矛盾の話に関連して,サーキットベンディングの話をしていいですか.彼らは芸術家でも工学者でもどっちでもないわけですよ.多分あれは純粋な楽しみと人間としての実存的な欲求に根ざしていると思うんです.小さい頃,虫とか採ってきて,足もいじゃって,そういう小動物とか植物とか昆虫とかに対してちょっと暴力的な行為をすることで,人間と自然の境界を学ぶみたいなのあるじゃないですか.それが大学生のレベルになっても別な対象でやっているという感じがするんだよね.解剖学的だし,物をわざと壊しちゃう.それって芸術家とか工学者というカテゴライズ以前のもので,ああいう素朴なものから何かが生まれるっていうのは新しいのかな.

ドミニク:
それは新しいコンテンツみたいな話で,さっき久保田先生がサーキットベンディングはハードウェアのサンプリングだと言っていたんですが,あれってほんとにDJ的な感覚で,既にあるものをちょっといじるとこんな面白くなりますよっていう感性ですよね.既にある,古いものからこんなものを見つけたという,その「見つける行為」にもリスペクトがあって,そこが面白いですよね.作るというよりは編集することに近い.

渡邊:
ただ,まだ編集というほど理論はないよね.意図もないし.

田中:
僕はもうちょっと野性的な感覚なんじゃないかと思う.虫を取って来て羽をもいじゃうのに近いと思う.

長谷川:
テスターで触ってるのが拾ってくる所で,その後で自分でコントロールできる世界というか,切り替えられて自分が演奏できるという所が編集だよね.

久保田:
あと,アーティストとエンジニアとは別の軸として,ストリートとアカデミズムの関係を考えてみるといいのかもしれない.というのも,インターネットによって生じた重要な変化の一つが,学会論文や学位論文のようなものがウェブで誰でも読めるようになったことだと思うんだよね.僕は今は学会活動はまったくといっていい程していないけれど,ウェブ検索すると昔の論文などを結構読むことができて,それがとても役に立つ.
コンピュータ音楽の例でいえば,かつてポンピドゥ・センターのIRCAM2やスタンフォードのCCRMA3といった研究機関には,世界に数台しかないDSPマシンがあって,そこを中心にコンピュータ音楽が進化していった. でも,そうした研究機関は技術的には凄いのかもしれないけど,音楽的に優れていたり幅があったとは限らないから,結局はいかにもクラシック音楽の延長線上にある,いわゆるコンピュータ音楽のようなものしかできなかった.僕は,それは飼いなされた家畜のようなテクノロジーだと思うわけ.理屈や歴史をわかっている人が,その自分の理解の範囲の中でしか技術を使うことができない.なんだか動物園のような感じだよね.でもインターネットのおかげて,ソフトや知識が野に放たれて,技術的な価値より音楽的な価値の方がようやく優勢になってきた.単にサイン波がピーッと鳴るだけの音楽でも,うまく使えば非常に新鮮に聞こえてくる.アカデミズムとストリートが異種交配したおかげで,そこで生れたキメラやフランケンシュタインが野に出てきて,ファンキーなノイズミュージックになってしまった,という感じかな(笑)

田中:
今日もし,サーキットベンディングに行かないで,メディア芸術祭だけを観ていたら,それこそ芸術と工学という軸のなかで,いろんな矛盾を考え込んでしまったかもしれないけど,サーキットベンディングを見ると,もっと2軸で考えるといろいろ救われる所があるんだよね.あまり,芸術と工学というせめぎあいで考えなくてもよいということがあって,どっちが文化なのだとか,そういうことのほうが興味があるね.

久保田:
芸術と工学の間にある問題を,どっちかがどっちより偉いっていう話にしてしまうと,それこそアメリカとイスラムの話と同じになってしまうよね.やはり僕は,それぞれの価値観を徹底的に突き詰めていったら,何処まで遠くにいけるんだろう,ということに興味があるわけ.
クロノス・プロジェクターを見て,マルチタッチだったらいいね,だとかリアルタイム映像でやったらどうなんだろう,だとかちょっと勘のいい人からは,どんどんアイディアが出て来るわけじゃない.それを実現できるのはやはりエンジニアしかいないんだよね.岩田先生のロコモーション・インタフェースと同じように,実現して始めてわかることが山ほどある.「きっとこうなったら,ああなるだろうな」って考える所はエンジニア以外でもできるけど, エンジニアにできるのは作ってみて,最初考えてた時には想像もできなかった感覚をリアライズする事だよね.
そういう所にものすごく貴重というか,重要な意味があると思う.アートにも同じようなところがあって,ジョン・ケージ がサイコロを振ったり,紐を投げて音楽をやった時に,インタビューの人に「そんなのは誰でもできることじゃないですか」っていわれたのだけど,そしたらジョン・ケージは「でも,あなたはやらない,わたしはやる」と答えた.それはすごく大事なスタンスだと思うんだよね.後出しでいろいろなことを言うのは誰でもできるのだけど,やっぱりパイオニアは何よりもリスペクトしたい.とにかくまずやってみるということが大事なんだね.
エンジニアもそうで,こうなるといいね,ああなるといいねと言うだけの人と,ほらやってみたよっていえる人は全然レベルが違う.例えば村井純さんなんかがそうだよね.ネットワークを例にすると,とにかく繋がったという事実とその瞬間の感覚ことが重要.アマチュア無線もそうでしょ.
何を話すかなどいうことは問題じゃないわけです.繋がっている,届いているっていうことこそが大事.僕はエンジニアリングにコンテンツは不要だと思うのね.繋がっただとか,動いたという事実がコンテンツ以上に人にインパクトを与えられることこそがエンジニアリングの真髄で,結局「ガーガー」「ピーピー」で十分.コンテンツはhogeでいいんだよ(笑)

渡邊:
萌えに対抗したhogeアート?(笑)

田中:
hogeは確かにエンジニアリング用語だよね.ただね,僕はどちらかというと,エンジニアリング的な立場ですけど,マインドとしては.単にコンテンツはどうでもよくて,何処が繋がったという感覚だけを楽しめない人も世の中にいるからコンテンツ,コンテンツと言われているんじゃないの?

長谷川:
わかりやすくデモをするのはエンジニアリングにとって大事なことだと思います.だけどそれはアートじゃないですよね.デモと作品は違いますよね.

渡邊:
そこ,さっきもいったんだけど,ではそれはどうしたら作品になるんですか.っていう所の,その壁は何処にあるの?ということ.

久保田:
僕は結局,作品を成立させるのは個人性と普遍性だと思うんだよね.
作品を作品にするのは,作家のプライベートな内的衝動でしかないと思っている.自分自身の生い立ちとか生き様を含めて,例えば,オノ・ヨーコのブロンズ・シリーズの作品が,作品としての強度を持っているのは,その背景にオノ・ヨーコの生き様があるからで,それに対してエンジニアリングはもっと普遍性を目指しているというか…

長谷川:
そうなんですよね.エンジニアリングは普遍性を求めていて,その中には入って行ってはいけないですよね.アートになっちゃいけないわけですよ.言い方を変えれば.その個別のその一つのものにしか役に立たない物は作りたくないわけです.デモを作る時も,できるだけあれにも使える,これにも使えるという風に思いついては欲しいんだけど,その作品がよく出来てるねとはいわれたくないんです.デモは.いろんなことに応用できそうだね.ということが言いたい.いつもそう思っています,それが褒め言葉であると.

久保田:
ただ,アート作品もその個人性で終わってしまったら良い作品にはなりえないと思うのね.それはどういうことかというと, 個人的な喜怒哀楽だとか,生き様が表現できていればそれで作品になるのではなくて,個人的な何かをとことん追求していったら,突然人間にとっての普遍性に辿り着いてしまった,ということが起るかどうかが大事なんだよね.だから見ず知らずの赤の他人の作品を見ても心が動かされる.結局アートもある種の普遍性には到達しなければいけないと思うんだけど,その普遍性に対するアプローチが違うんじゃないかな..

長谷川:
エンジニアはある感覚,感情を作る必要,共感してもらう必要はなくて,理解してもらえばそれでよい.

渡邊:
機能は一般的なことをすれば伝わるんだけど,感情って実は個人的な体験でしか伝わんないと僕は思っていて.

久保田:
そう.だからこそ学生たちには「日常をスケッチしました」だけでは作品にならないといつもいっている.「私が好きなもの」「私が嫌いなもの」を描いているだけじゃダメで,その感覚や感情がなぜ生れるのかを考えなければならない.エンジニアが自分が実現したい機能が本当に実現できているかどうか検証しなければならないのと同じように,個人の内的必然性をとことん探求していくことで,何らかの必然性や普遍性を獲得したかどうかを検証しなければならない.絵画や彫刻の普遍性というのは,そういう意味で何か次のステップに達することから生れるし,そのためには,ある種のマジックが必要なんだと思う.多くの人を説得させる,もう一つの普遍性が確かにあるんだよね.そういう意味では,普遍性に対するエンジニア的なアプローチとアーティスト的なアプローチを比較することで,人間のイメージや可能性の広がりを考えることもできると思う.最初にいったように,エンジニアが機能を追及していったら予想もつかない何かに到達してしまった,ということが重要なんだよね.

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